彼は考え事をしていた。今日はちょっとしたことでも笑えるような明るく爽快な心理状態である。作品を出品しようとして自分の才能に限界を感じた彼は思った。「才能に行き詰まり自らの命を絶った天才的芸術家はいったいどれだけいるだろうか?」そこでふと、高校の文芸部の作品集ぐらいで行き詰まるなんて才能以前の問題だと気づき、自殺した天才達と同レベルに考えた自分がばかばかしくて思わず笑ってしまった。笑い収まってから、シンとした周りを見回して、誰もいない一人きりの部屋で一人声をたてて笑ったことの珍奇さに気づき吹き出した。そして誰もいないのに一人で二度も笑い声をたてた自分を見たら人はさぞ変に思うだろうと自分の格好悪さが可笑しくてまた笑ってしまった。笑い終わらぬうちに、笑ったことを笑ったという変な体験を友達に話したら笑うだろうと想像して爆笑した。笑いながら彼は思った。次はどんな理由で笑うことになるんだろうと。顎が外れる前に収まるのかな、と思って顎が外れた自分を思い浮かべると笑いは止まりようもないのだった。もはや、彼の耳には彼の元へ駆けつけるサイレンの音など、既に聞こえようもなかった。