償い(SF:タイムパドックスもの)


夜中の二時、静かな部屋の中をノックの音が響きわたった。
戸代富英善(トヨトミヒデヨシ)はいぶかしげにIDKの入口にむかった。
英善は四十才、テレビゲームのシナリオライター。どうにかやっと生活している。無論、独身で子供もいない。
玄関の扉を開けると、目深に帽子をかぶり、サングラスにマスクという怪しさの固まりのような男が立っていた。
英善はとっさに扉を閉めようとした。しかし、男は扉に硬い革靴を挟んで、それを防いだ。
「ぼ、僕に、な、何のようだ!?」懸命にそれだけ言った。
「まあまあ、怖れる気持ちはよくわかる。だが落ち着いてくれたまえ。決して危害は加えないと約束する。どうしても話さなければいけないことがあるのだ。」と、男は静かに語りかけてきた。
「このいでたちには理由があるのだ。今、顔を見せる訳にはいかない。話が一通りすめば、正体を明かそう。必ず、君は納得する。保証しよう。」
強引な論法だったが、話し方に妙に説得力があったので、英善は男を中に入れて話を聞くことにした。


「ある日のことだ。私のもとに一人の来訪者があった。驚くなかれ、六十才になった私の長男だった。ま、まあ、そう先を急がず、落ち着いて聞きたまえ。このとおり私は君と同年輩、いや、はっきり言って、まるきり同年だ。歳の計算が合わないね。そう、作家の君なら理解するはずだ。長男は四十一年後からタイムトラベルしてきたというのだ。
『父さん、私はね、二十八世紀の絶滅寸前となった人類の代表者より依頼されて、歴史を変えるためにやって来たのです。』
実は私は某国の首相をしていたのだが、次の首相国民投票で、ひどく敗色が濃く、実権を握っている軍部による実力行使を行うか、否か、選択を迫られていた。
長男は言った。『父さんは、今、迷っているが、私のいた未来では、あなたの樹立した軍事政権による武力行使により世界は統一される。』
『それは素晴らしい、よくぞ知らせてくれた。』私は答えた。
『違うんだ。その四十年あまり続く政権により、世界の70%の人々が虐殺される事になるんだ。そしてそれ以後、人類は衰亡の一途をたどることになるんだ。』
『そんな馬鹿な、私はそんな独裁者ではない。私がそんなことをする筈がない。』
『父さんは、今はそう思っているが、次第に軍部の操り人形になってしまい、民衆の憎悪の的となるんだ。そして四十一年後に民衆によるクーデターに倒されて、死刑にされた後、剥製にされて歴史博物館の標本になる。』


『なんて事だ、私は武力を使うまい。約束しよう。』
『それで安心しました。やっぱり父さんはいい人だったのですね。私も追われずにすみます。』そう言って長男はフッと消えた。この瞬間、歴史が変わり、存在が形を変えたのだ。」
「良かったではないですか、それと、僕と、何の関係があると言うのですか。」英善は不快感を露わにした。
「まだ話は、半分もいってないのだよ。人の話は落ち着いて聞きたまえ。」男の話は続いた。


「長男が消えてから、数秒後のことだ。再びの来訪者だった。四十才になった長男だった。
『どうしたのだ。私がこれから政権を離れても、世界は平和にならなかったのか?』
『平和? 政権を離れる? 何の話ですか。これから父さんは、国民投票で、予想外の圧倒的支持を得て、父さんのための特別法が施行され、大統領になり二十一年後まで政権を保持するのですよ。』この長男はさっきの長男とは違う運命をたどった未来からきていたのだ。
『ほう、それは良かった。』
『よくありませんよ。あなたの前時代的な環境を無視した政策により、二十一年後には地球上の大地の70%が砂漠化して、民衆によるリコールが成立し、あなたは死刑となり、剥製にされて地球環境記念館の標本になって人々の憎悪の的として永く記されることになるのですよ。』
『なんと、そうなのか。一体私の何が悪かったのだ。教えてくれないか。』
『まず、核融合でなく核分裂の段階での原子力発電。森林の皆伐。資源の再生利用を無視したこと。化学物質規制をずっと先送りし続けたこと。産業廃棄物の・・・。ああ、もう! いちいちあなたに 言っても仕方がないんです。あなたには、環境政策の素質がまったくないのです。政治家になったのが誤りと言うほかないのですよ。』
私はショックではあったが、実の息子の言うことだ。助言に従い、一緒に二十七年ほど遡り、自分が政治家になるのを阻むことにした。 過去の私は13才、ちょうど、教育評論家であった父の薦めにより、ニーチェと聖書とプラトンを併読し始めたところだった。 そこへ私達が現れ、未来のゲームマシンを渡しそのとりこにさせて、堕落させたのだ。
そして現在へ戻ってみると思った通り世界は別の運命を辿ったものになっており、私の居場所はなくなっていたのだ。」


そう言って、男はサングラスとマスクを外した。男の言葉通り、英善はもう思い当たっていた。
「あの時の、おじさんは・・・。」

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