笑顔は優しく(一)


はじめに
 この作品は作品「少年が旅立つ時」と同じ世界のストーリーです。しかし話としては両方とも独立した形になっています。


 果てしなく、ただひたすらに果てしなく続いているグランドキャニオン。もちろんそれは合衆国アリゾナのそれではなく、地球と言う星のどこかでもない。ただ、そんなイメージで覆われた星での出来事だった。所々にぽつりぽつりと見える住宅街、そして人工植林の林、畑、あまりそれらのないあたりの渓谷を一人の男が速くでもなく遅くでもなく歩いていた。
 頬はこけて、眼光冷たく鋭く、笑うときにも口元がかすかに動くだけという無表情なこの男、週に一度しか剃らないヒゲがシャープな顔立ちに凄みを増していて、それは、賞金稼ぎの殺し屋として暗黒世界に広く名を知られている彼に相応しい顔と言えた。年の頃は三十より少しばかり手前の感じで、肩と腿に大きな銃痕があったが、幸か不幸か彼が幾多の戦いに一度も敗れなかったことは、彼が今生きてここにいることで証明されていた。


 正式名称をKZ3星といい、人々の多くにニューウェスタン星とも呼ばれるこの星は、内惑星のKZ2星が突然音信不通になったときから孤立していた。植民星である2星はその時に激しい独立戦争の最中にあり地球政府の惑星破壊ミサイル使用説が巷では囁かれていた。実際にそれ以降3星の空に2星が観測されたことは、それ以降一度もなかった。それからおよそ十年の歳月が流れこの星にも独自の政治形態が生まれていた。


彼が突然足を止めた。彼が追っている凶悪な指名手配犯が潜伏しているというゴーストタウンの入り口まで来たのだ。余談だがこの星にはゴーストタウンが沢山ある。鉄鉱石とボーキサイトを大量に埋蔵した星であるために採掘のための村が各地にあったのだが、孤立してからは採掘の必要が無くなったのだ。
 この凶悪犯の犯行はそれは憎むべきものであり、何軒も連続して一般家庭や商店に押し入り大人はおろか幼い子供の命まで奪い、金品を盗み逃走したのだ。しかし、彼がこの指名手配犯を追っているのは正義感からではなく、単に賞金目当てだった。被害者を哀れがる神経を持っていたら仕事にならない、多分そんなことを考えているのだ。彼はそう言う男なのだ。
 彼はポケットから指名手配と大きく活字された紙片を取り出すと、犯人の顔立ちと特徴を確認した。そして、ゆっくりと○○村と書かれた立て札の前を横切った。今現在かごく最近この町に人がいたことは二種類の足跡から造作なくわかった。


 かつてこの3星に来る宇宙船はすべて2星を経由していた。そのために、このKZ3星には長距離連絡船の離着出来る宇宙港がない。最も近い植民星まで5光年、この星は宇宙の構成マップから忘れられた存在なのだ。


 町並みの一軒一軒を注意深く観察しながら足を進めていると、ふいに銃声がした。続いて二発三発と、彼の耳には音と間隔から、それが一丁の銃からであることが識別された。どうやら誰かが犯人と出会い銃撃されているらしい。不思議そうな顔をして彼は銃声の下邦楽へと急いだ。誰でも護身用の銃を携帯している昨今だったから、一方的な銃撃が不可思議だったのだろう。銃声のした方角へ急いでいると、また銃声、どうやら近くらしい。そしてあまり間を置かずに「ジャッ」と言う音。「シェリフか」その音がパラライズ・ガンのものであることは容易にわかった。パラライズ・ガンの音は小さく遠くからでは聞こえない。


 この星はとても開拓時代の地球の合衆国西部に酷似していた。家屋や商店などは、安価で簡単に作られることと見てくれの「かっこよさ」がかわれたこと、また初代の開拓総督が古典映画の西部劇ファンでこの星の観光化に万事西部劇調でやろうとしたことなどが原因であった。


 古い酒屋跡の先に四つ辻がある。どうやらその右側の通りで撃ち合っているらしい。角まで駆け寄ると、壁際に身を寄せて、ゆっくりと用心して顔を出す。右手の手前十メートルほどの所にある古井戸の陰に隠れてあちらを伺っている男がいる。手には上半分が銀色で下半分が茶色の不格好な銃を握っている。そして時折それから光を放っている。その度に一度に大量の水が蒸発したような音がする。
 「ひどい腕だ。パラライズ・ガンを持っているところからすると、あれでもシェリフらしいな。」
 パラライズ・ガンはかなり高度のハイテク技術の元、大変な月日をかけて制作される。太陽光エネルギーによって、他の恒星系のKE2星に生息していて、この星でも人工繁殖させている生物「アーピー」の牙から採取される麻痺薬を射出するように出来ている。とても高価なもので、一般人の手にはとても手に入らない。この星に残った技術では、それは仕方のないことと言えた。
 道の反対側三十メートル付近にはもう一人がいる。そちらの男は一軒の家屋の戸口に身を潜めて、盛んに発砲して、時折銃を変えている。使っている銃はこの星では一般的だが、他の星だと博物館行きと言う代物である。その男は容貌背格好からすると彼が追っている男に相違ない。


 孤立当初、この星は大変な混乱に陥った。武器はごく少数のレーザーガンがごく少数の人々の手二に握られていただけであった。歴史学者で西部劇狂の旅行者が、たまたまこの星を訪れていて、銃の仕組みと作り方を知っていた。西部劇ならではの博物館行きのそれである。そして彼の指示の下、この星のほとんどの人の手に護身用の銃が渡ったのである。それは却って危険の元となったのかもしれなかった。しかしこの星は鉱山労働者が大多数を占めていたので、その中には荒くれ者も多く、こんな辺境の星に高額の給与目当てに来るような人々なので、もめ事が絶えなかったのである。それで一人一人の手に護身用の銃が不可欠と判断されたのだ。政治経済などをすべてとなりの星に頼っていた星が孤立したのだから仕方のない混乱だったのだ。


 数分の時が過ぎた。彼がシェリフと呼んだ男の銃は光を放たなくなった。その男にとっての不運は、その男のいる場所が日陰だったことと、ここ二、三日あまり日が照らなかったことだ。パラライズ・ガンは始終日光に当てていないとエネルギーが切れると言われている。凶悪犯の方もそれに気づいたらしく、声をたてて笑っている。そして、こう言った。
 「お前の規律保全官稼業も今日が最後らしいな。世間には、こう伝えてやるぜ、日陰に陣取ってバッテリー切らした馬鹿なシェリフがいたってなあ。」
 そして、もったいぶるように戸口を離れて二、三歩進んだ。その時、反対側の屋根から何か黒くて大きな物が落ちてきた。
 「何だ!」犯人が叫んでそちらを見ると同時に銃声がした。その稼業に終わりが訪れたのは犯人の方だった。犯人は倒れると二度と動くことはなかった。いつのまにか賞金稼ぎは反対側の屋根にまわっていたのだ。この星の新しい法律では発砲する前に自分の存在を知らせ、姿を見せていないと重大な犯罪になるのである。それで屋根から飛び降りることによって姿を見せて、相手が驚いている間に撃って、身の安全を図ったということらしい。
 「ハイエナ・ジョー!」シェリフが叫んだ。
 彼の本名は知られていないが、世間の人々は「ハイエナ・ジョー」と彼を呼んでいた。どちらかというと犯罪者に近い意識を持っている住民達には賞金稼ぎは汚い商売なのだ。彼が法律を遵守する主義者であることなどは完全に無視されてのニックネームだった。
 「ハイエナ・ジョー!」そう叫んでシェリフは物陰から走り出てきた。
 「殺すことはなかったはずだ」血相を変えて訴える。ジョーは表情一つ変えずにシェリフを見つめている。そして同じように表情一つ変えずに答えた。
 「俺の銃はパラライズ・ガンではないんでな。やられる前にやれ、それが俺達賞金稼ぎのやり方だ。」
 「しかし・・・。しかし・・・。あんたは一体人間一人の命の重みをどう考えているんだ。どんな悪人だって生まれてきた以上は生きる権利があるはずだ。あんたは犯罪者は人間じゃなくて虫けらだって考えてでもいるのか?」
 ジョーは片方の眉をひそめた。無表情なジョーが眉を動かしたのは実に十年ぶりのことだった。さっきのシェリフの青臭い言葉「人間一人の命の重み」は実に十年ぶりに聞いた言葉だったのだ。荒れきった荒野とそれにふさわしく荒れた心の人々の中で暮らしてきたジョーにとって、そのシェリフの言葉はこの十年間暮らしてきた世界とはまるで別世界の言葉のように思われたのだ。ジョーはその手から銃をぽとりと落とした。そして今度はそれを見たシェリフの方が動揺する番であった。「律儀に法を守り悪と対決する正義側の人間だが、無表情で決して眉一つ動かさない、その内面は冷徹な男」そう言う評判のジョーが自分の言葉に動揺して銃を落とした、ひょっとして自分の主張はとんでもなく的はずれなのではないだろうか・・・・と。そして、しばらく考えてからシェリフは
 「たしかに今の場合は仕方なかったかもしれない・・・。右手の銃を撃ち落としても、何丁も身につけていたし、奴は左手も使えた。ジョー、あんたの言う通りかもしれない。」そう言った。
 「俺の名前よくわかったな。俺が来なかったら、どうするつもりだったんだ?」
 「あなたのことは前から知ってました。あなたの名は有名だし、あんたを一度見かけたことがあるんです。たしかC16地区の規律保全署だったと思います。(そこでジョーの視線が自分の左胸に行っているのに気づく)ああ・・・。僕は星形のバッジはしないんです。こいつで充分なんです。」
 多くの保全官がしているようには彼はしなかった。大きな金色の星形バッジをつけ、その地位を誇示しなかった。彼が身につけているのは紺色の密着スーツとチョッキとジーパンに腰にぶら下げたガンベルトとパラライズ・ガン。そして小さくて幾何学模様の入った規律保全官であることを示す銀の正式なバッジだけである。
 「あなたが来なくても、僕は弾を避け一か八か転がりながら奴に近づき自分の命運を試してましたよ。とにかく助けてくださってありがとう。あなたがいなかったら今頃、奴の代わりに僕がここに横たわっていたかもしれません。僕の名はマーク・クラーク。C19地区の規律保全官になってから2年になります。年は二十二才。ハイエナ・ジョーってあだ名だと聞いてましたが本当の名はなんて言うんです?年は?」
 「本名なんて必要ないさ。年は数えないようにしてるんでね。そんなことより、賞金の手続きの方、忘れないでくれよ」
 マークはニッと微笑むと真面目か不真面目かわからぬ表情で言った。
 「忘れぬよう心がけておきましょう。それも仕事の一つでありますから。この近くまで馬で来たんでしょう?リソーサーでそこまでお送りしましょう。それからすぐに署に出頭していただきます。」
 この星は地形がとても複雑なので、その地形に対応できる乗り物を開発し普及させるには、とてもコストがかかる。そこで地球の自然保護地区にいた馬を人工繁殖させて大量に連れてきた。開拓当初から馬はこの星の交通の主役であった。
 「死人を載せるあれか?ぞっとしないな。歩いた方がましだ。」
 「リソーサーは本来、怪我人を運んだり、犯人を護送するのに使う物なんですが、あなたはそういう使い方の方を多く見てきたらしいですね。」
 この星にも馬以外の交通手段はあるにはある。リソーサーとはジェット噴射により空中を移動する、背中に付ける機械である。操縦者と反対側に人を二人乗せられるように(というより縛り付けられるように)なっている。このような星にあった便利な乗り物ではあるがウラニウムが必要で危険ではあるし、この星にはもともと生物は存在していなかったので、石油、石炭のような燃料は当然採れない。それで原子力、太陽エネルギー、水力などに頼ることになる。生産コスト燃料コスト等やたらと高いので規律保全官以外は使用が認められていない。
 「それじゃあ、署でお会いしましょう」
 「お前若いな、持論をすぐに引っ込めるのはどうかと思うぜ」
 そう言って二人はとりあえず別れた。マークは魂の去った犯人の傍らで何か手帳に細かく書き込んでいる。ジョーは早くでも遅くでもなく、マークの書いた証明書をバッグに入れ、もと来た方へと去っていった。

次へ

メニューに戻る