ジョーはC19地区規律保全署のある町の宿屋の一室にいた。賞金をもらうまで手続きに二、三日かかるのだ。
夜も更けて月は高く昇り彼の座っている椅子のほんの手前まで灯りを投げかけている。その足もとの月の灯りを眺めている彼の表情は心なしかとても悲しそうに見える。
昼間の彼とはまるで違うその表情は部屋の暗さのせいでそう見えるだけかもしれない。だが、その表情は彼が夜、暖かそうな家の窓の光の前を通るときに、はしゃぐ子供や叱る親の声の前を通るときにする表情であった。彼は自分がそういう表情をしていることに気づいているのだろうか?そしてそれが自分がこの稼業を始めてからのものであることに・・・・・。
この星の夜はとても寒い。空気が乾燥しているからだ。彼の身にいっそうこの寒さがこたえるようになったのも、この稼業を始めてからのことだった。仕事を一つ終えた後には、なお一層この寒さがこたえるのだった。
この稼業を始める以前の彼はこんなではなかった。大混乱のもと一人も頼るものがいなかったこと、それが彼をこんな風に変えたのかもしれない。
19才の時、彼は小さな星間連絡船のC級パイロットとして、この星を訪れていた。KZ2星が存在しなくなったとき、彼はたまたま宇宙船生活に疲れていたため、この星の宿舎に寝泊まりしていた。他の乗組員達はそんな未熟な彼をこの星に置き去りにしたのだ。宇宙船は二度と戻らなかった。小さな宇宙船が近くの可住惑星にたどり着くのは無理なことくらい誰にでもわかっていたのに。
彼が灯りもつけずに考えているのは、昼間、規律保全署でのマークの言動である。マークの人の良さと銃の腕の拙さは全く保全官らしくなかった。マークはジョーを連れ廻し
「僕の命の恩人なんです。先輩からもお礼を言ってください。」などと、先々で言ったのだ。その人を疑う事を知らないようなマークの言動はジョーの人間らしさを失ったような心に強い圧迫感を与えていた。ジョーはなぜこんなに胸が痛むのかわかろうとはしていない。考えても、今のジョーにはわかり得ないだろう。
そしてマークは話した。明日少し西にあるゴーストタウンにいる今日の犯人の仲間を逮捕しに行くつもりだと。この四人の仲間は今日のあいつに負けず劣らずの悪人揃いで、近くの住民の不安の元となっている、一人減った今がチャンスだと言った。
「正義感が強いんだな」ジョーがそう言うと、
「これが当たり前だと思う、あなただって悪人と戦っているんだからわかるだろう?」
そう言われて賞金のためにやむなく戦っているジョーは笑った。笑ったと言っても彼のこの笑顔は口元がかすかに動くだけの冷笑である。
「その腕で大丈夫か?他は何人いる?」とジョーが聞くとマークは胸を張って
「一人です。」と答えた。
「署には自分の他にもう一人署長のエリックがいますが、年老いて争いを好まないし、そんな年寄りを危険な場所にやるわけにはいかないので、これは内緒なんです。」と言うので
「なんで俺に教えるんだ」と聞くと
「実は自分一人では少し不安なんです。相手は4人だし、自分は銃の腕もあまり良くないですし、他地区の保全官は各々の地区の事件で手一杯です。でも、あなたなら賞金の仕事にもなるでしょう?」 「俺が行かなければ一人でも行くのか?」
「それは仕方がないです。」
なぜマークが一人でも行こうとしているのかがジョーにはわからなかった。マークの職、一般にシェリフと呼ばれ、人々からはその権限の強さと撃たれると二、三日目を覚まさないパラライズ・ガンを持つことで怖れられる地区規律保全官としての誇りがそうさせるのかとジョーは思ったがそうではなかった。
「誰かがやらなければならないとき、前を見つめて生きようとしている人間ならば誰だって、まず自分から、って思うものです。あなただって、だから戦ってるんでしょう?」
結局、ジョーは断り切れずに「考えておこう明日までに」と言ってしまった。そして今、ジョーのポケットには四人の犯罪者の資料と逮捕の計画などが書いてある紙片がある。
熱っぽく語るマークを思い出しながらジョーは呟きかけた
「まるで昔の・・・・。」俺みたいだ。そう言いかけてジョーは表情きつく押し黙った。あまりに現在の自分がマークや過去の自分とはかけ離れていたのだ。
マーク・クラーク。年は22才。真面目で明るく、信念を持ったかつてのジョーのような青年。
19才の時にジョーはC級パイロットとして働きながら仕事にあった専門教育を受ける、この頃ではスタンダードな勤労学生としてウェスタン・ファン達と共にこの辺境の星に来た。この若さでC級パイロットになれたのは、A級パイロットで星間警察船のキャプテンである父親の七光りであると囁かれていたし、本人もそうではないかと気にしていた。だが、教官や上司の中には、人が見ていないところでも、普段と変わらぬ彼の行動に気づくものもいたし、彼の物事への姿勢は一部では高く評価されていた。ジョーも昔はマークのように素直だったのだ。彼はきつい表情のまま椅子を離れるとベッドに横になった。
どうしてこの事に首を突っ込んだのか、ジョーには一向にわからなかった。もう犯人達の隠れ家の方角へ馬を進めた以上は彼の性格上、今更引き返せなかった。
出発した時間が遅かったことが心に引っかかっていた。どういうわけか、いつもらしくなくて、なかなか決心が付かず結局、決心しきれるままに宿を出たのである。しかし、その方角へ向かっているのは深層心理上は決心が付いているのかもしれなかった。
マーク・クラーク、彼のジョーへの信頼はなぜか厚く、その行動はまるで人を疑うことを知らぬようである。ひょっとすると俺はあのお人好しの安否を気遣っているのだろうか、いや俺はそんなお人好しじゃない。少額ではあるが、あの賞金が目当てなんだ。いや、しかし・・・。馬を早めにとばしながら、彼はそんなことを考えていた。そして、笑った。笑ったと言っても口を微かに動かしただけの冷笑である。そんなことを考えている自分が馬鹿らしかったのである。まったく自分らしくないと思い、考えるのをやめにした。
丘を登って頂点まで来ると、目指す無人街が見えた。決行時間はとうに過ぎている。丘を下っていると銃声が聞こえてきた。きたな。そう思って馬の尻を鞭でこれでもかとひっぱたく。痛いだろうな、そう、ちらっと考えて苦笑した。
少し進むと銃声にまじって、なつかしい宇宙船の発射音みたいな音が小刻みに聞こえてきた。どうやらリソーサーを操り犯罪者達の間を縦横無尽に飛び回りながら戦っているらしい。
ここで彼は一つのことを思い出した。あのマークが身につけている密着スーツのことだ。地区規律保全官の密着スーツは防弾仕様になっているのだ。問題は頭部だが、戦闘用ヘルメットくらいはあるはずである。しかしいくら防弾スーツでも当たり所によっては気絶くらいはしてもおかしくない。なにしろ四人相手なのだから。気絶してしまうとヘルメットを取られ、後は望みがほとんどゼロになってしまう。彼はそのことにも気づいたらしい。いったん弛めかけた手綱をしっかり締め直した。街にはいるとパラライズガンの音も聞こえてきた。馬からいつもより少しも早めに降りると、冷徹な表情で走った。走りながら銃を手に取ると、弾が八発全弾こめてあるか確認しながら、ガンベルトの予備の弾を左手で調べた。
ジョーは幼い頃はよく遊ぶ素直な子供だった。そのころ、幼い子の情操教育の一つとして、のびのびと遊ばせて、抑えつけられた事による歪みのない素直な心を作る、ということが重要視されていた。それで、彼の父親は常に懐が豊かだったこともあり、高価ではあるが健康によいとされる「おもちゃ」をいくつも買い与えた。勿論、与えすぎたことにより、我慢を知らないわがままな性格にならないように気を遣うことにも余念はなかった。そうしたことからもわかるようにジョーはとても素直で前向きな心を持つ子供に育っていった。
しかし、そうした「おもちゃ」の中で彼が一番気に入っていた3Dゲーム「異次元人侵略」が、彼の現在の因果な商売の原因の一つであることを彼の父親は知らない。
辻の所に一人倒れている。マークではないことは容易にわかる。家屋の壁のすみに身を寄せると、ゆっくりと顔を出す。まず向こう側こちらから三軒目の窓に一人いるのが目に入る。もう一人こちら側五軒目あたりを一人走っている。二人の観ている方角から言ってシェリフであるマークはこちら側の屋根の上を移動しているらしい。三人目は・・・・。おっと、ジョーの目と鼻の先、この家屋の窓から飛びだしてきた。
「これで役者は揃ったな。」
一瞬彼は幼い頃好きだった立体のゲームを思い出した。「異次元人侵略」幼い頃、彼はこのレーザー光線の投射による立体ゲームの迫力が大好きで、日に日に射撃の腕を上げていったのだ。実際とても大きな部屋一杯の立体映像で至るところから小さな異次元人が飛んでくるのだから、クリアーしようと思えば転げ回ってまで動く必要があったのだから適度の運動になり健康には良かった。
「こっちだ」そう叫ぶと、あのゲームの要領で一回転して、発砲した。弾丸は見事に、振り向き発砲した「三人目」の銃をはじいた。ジョーがいつも通りにとどめを刺そうとした時、銃声と声でジョーが来たのを知ったマークが叫んだ。「こいつを使ってくれ。」マークはパラライズガンをジョーめがけて投げつけた。銃を素早くしまうとジョーはそれを受け取り、「三人目」が向こう側二軒目の窓に飛び込む瞬間を狙い撃ちした。そして三軒目の窓からの弾丸を転がってかわすと、続けて二軒目の窓に飛び込んだ。中ではさっきの「三人目」が顔を赤くして気絶していた。パラライズガンにやられると二、三日は目を覚まさない。
振り返って窓からゆっくりと顔を出した。しかしすぐにその顔は引っ込めなければならなかった。鼻先を風が走った。この窓からは出られない。反対側にある窓から裏口へ出ると、裏庭の作の横板を二、三カ所射撃して取り、壁に立てかけて屋根に登る。
屋根から顔を出すとリソーサーが向こう側の屋根に置いてある。リソーサーは大きすぎて的になる。それで放置して、三軒目窓からマークを狙っていた「一人目」の注目がジョーに移った時、下に降りたらしい。当のマークは向こう側四軒目のドアから、こちらのすぐ下を狙っている。「一人目」はジョーを追って三軒目を出て、二軒目にジョーがいないのを察し、マークに狙われ二軒目に飛び込んだらしい。
「二人目」が十軒目あたりをジグザグに一目散と言った感じで走り去っている。マークはそっちまで手が回らないのだ。ジョーは屋根の上を「二人目」を追いかけて走った。七、八軒目まで行ったとき、足が滑った。そしてそのまま下へ飛び降りた。
うまく着地すると一回転して壁に身を寄せた。着地点あたりを弾丸が走った。そして二発目の弾丸を「二人目」が発射すると同時に壁を離れながら、およそ十五メートル先の「二人目」を狙い撃ちした。閃光が「二人目」の頬をかすった。「二人目」はのけぞると頬を押さえた。パラライズガンは痛まないと言われているのでおそらく驚いたのだろう。しかし、その瞬間をジョーが見逃すはずがない。「二人目」の犯人も気絶して大の字に寝転がった。
銃声がしないところをみると、後方でも決着が付いたらしい。振り返るとヘルメットを手にしたマークが手を振っている。ジョーも頭の高さまで手を挙げてそれに答えた。
四人の犯罪者達を三頭の馬に乗せて自らも馬に乗ったマークはジョーに言った。
「根っからの悪人なんていないと、昔教わったけど、この人達もそうであることを祈ってやまないよ。彼らはきっとあの大混乱で余程ひどい目にあったんだよ。収容所生活で元の人間らしさを取り戻すといいんだけど。」
そう言われてジョーは何も言えなかった。そんな倫理教育のことなどすっかり忘れていたからだ。胸に強い圧迫感をまたも感じているジョーであった。
五頭の馬は連なって署へと向かった。
四人の働く楽しさを忘れたもの達を快い労働が待っている。「強制」の二文字を彼らがどう受け取るのか、ジョーとマークには予想のしようがなかった。
続く