ときめき芽生える頃(六)


 四人はすぐ近くのテレビ局に入りました。受付嬢に教えてもらいスタジオにはいるとディレクターらしき人が
 「あ、君達、君達、絵になるね。ここの一番前に座って。はいはい、ここ、ここ。いいかい、司会のおじさんに質問されたら大きな声で答えるんだよ。」
と言いました。四人は緊張しつつ
 「はい」
と答えました。というわけで四人はかなり目立つところに座らされたのでした。和樹と乃里子は真ん中、乃里子の右に美都子、和樹の左にポイスケと座りました。和樹は乃里子に耳打ちしました。
 「なんか目立つところになっちゃったね。テレビに映ったらどうしよう。」
 美都子が小声で尋ねました。
 「え、なになに、なんて言ったの?」
 乃里子が美都子に耳打ちしました。
 「テレビに映ったら、どうしようって」
 「あ、ホントだ。スカウトされたらどうしよう」
 「ふふ、美都子ったら冗談ばっかし」
 和樹が口を挟みました。
 「四人で新生スピードになろうか?」
 乃里子が答えました。
「男子はスピードには入れないの」
 ポイスケが呟くように言いました。
 「三人とも仲がいいなあ。」


 「奥様こんにちは!奥様一時半です、のお時間です。司会の織田秀吉です。」
 「淀野君子です。今日のテーマは『今時の若者の恋愛について』です。」
 「最近の若い人たちの間では、男女の関係の若年齢化が進んでるそうですね。」
 「最近では小学生で彼氏や彼女がいるというのも珍しくないそうですよ。」
と司会者は番組を進行させていました。和樹はなんだかまずいことになりそうな予感がしました。会場の人たちはおばさん達と大学生くらいの男女が多かったのですが、皆ちらちらと和樹達に目をやって、何か注目されているようだったのです。それは乃里子も美都子も感じていました。番組のテーマとこの四人の姿が重なるものがあったからです。と、突然、司会者が四人の方へ歩み寄ってきてポイスケにマイクを向けました。
 「さて、こちらにも仲の良さそうな四人の小学生達が見学に来ています。君達は二人ずつのカップルなのかな?」
 「ち、違うでござる」
ポイスケが変な言葉遣いなので、会場ではざわざわと笑い声が上がりました。
 「ぼ、僕は付き人でござる。この三人が三角関係でござる。二人の女子は二人ともこの村山を好きでござる」
会場でどっと笑いが起こりました。司会者は今度は和樹にマイクを向けました。
 「君はもてるんだねえ、こちらの二人は君のガールフレンドなんですか?」
 「そんなんじゃありません。二人とも大事な友達です。」
 「彼女でもガールフレンドでもないということだね。まわりの人たちは君達に何か言いますか?」
 「最近、からかわれて嫌な思いをしています。」
 司会者はスタジオの中央に戻りながら言いました。
 「お聞きになりましたように、純粋な子供づきあいさえも、恋愛としてみられて、からかわれたり、嫌な思いを最近は小学生でさえもしているようですね。」
 後の番組進行はもう四人の耳には入りませんでした。もう四人とも緊張しきってくたくたでした。番組が終わったのは午後四時でした。
 「せっしゃは疲れたでござる。もう帰るでござる」
 「疲れたねえ、じゃ、ポイスケ、さよなら。」
 「さよならでごさる。」
 「じゃね」
 「じゃ」
そんな風に三人はポイスケと別れました。和樹が提案しました。
 「福岡タワーに登ろう」
 「うん、登ろう、登ろう、俺、こんなタワーとか登ったことないもん。」
と乃里子が言って美都子も言いました。
 「あたしも、まだ登ったことないのよ。」
 エレベーターで三人が展望室に上ると福岡ドームが光って綺麗でした。和樹が望遠鏡にお金を入れて眺めている間、美都子と乃里子はひそひそと話をしていました。和樹は気付いていませんでした。和樹が見終わって乃里子に
 「替わろうか?」
と言うと、乃里子は
 「俺ね、先に和樹んちに帰ってるよ。」
 「えっ、先にってどういうこと?」
 「美都子がね、和樹に話があるんだって。」
 「美都子ちゃんが?」
 「ごめんね」
 「いや、いいけど、何の話?」
と和樹が美都子に聞くと乃里子が
 「やだ、あたしがいないところで話してよ。」
 和樹はわけがわかりませんでしたが、とりあえずうなずいて乃里子と別れて、美都子とすぐ側の砂浜へと行きました。

 美都子は砂浜で二人きりになるとしくしくと泣き出しました。和樹は黙って美都子が落ち着くのを待つことにして言いました。
 「僕でよければ何でも言ってね。」
美都子は黙ってうなずくと話し始めました。
 「あたしね、村山君のおじさんが亡くなって村山君がもう星鹿に来れないってわかったときに、すごくショックだったのよ。」
 「うん、ごめん。」
 「あたしね、村山君のこと好きだったの」
 「えっ」
 「あたしが失恋して落ち込んでるときにね、なぐさめてくれた人がいたの」
 「うん」
 「それが、少年サッカーのキャプテンの松木君だったの」
 「それが松木君だったんだ。」
 「松木君は学校で女子にすごく人気があってね、交際しようって言われたとき、すごく嬉しくて、すぐにOKしちゃったの。村山君のこと忘れられるかと思ったの」
 「彼氏だったの?五年生で?」
そう和樹が聞くと美都子はまた泣き出して、少ししてまた落ち着いて話を続けました。
 「松木君ね、それでもまだ私が村山君のこと忘れられないのに気付いて大人の恋人の恋愛をしたら忘れられるって。そして私は汚れたの」
そう言うと奈津子は顔を手で覆ってむせび泣きました。和樹はあまりに驚いて呆然として何も言えませんでした。五分ほど沈黙が続いて美都子がやっとまた話し始めました。
 「それを松木君がみんなに話して、親や先生にもばれてあたしは家族揃って星鹿から逃げ出したの。お父さんも、すごく怒ってもう星鹿にはいられないって言ったの」 
 「それで四つ葉学園に来たんだね。」
 「もう、あたしのこと嫌いになったでしょう?」
和樹はなんて言ったらいいのかわからなくなりました。
 「やっぱり、こんなあたしは嫌いよね。」
 「そんなことないよ。昔どうだったかよりも、今どう生きてるか、これからどう生きるのかが大事なんだよ。もう、そんなこと忘れた方がいいよ。僕は美都子ちゃんのこと嫌いになったりしないから」
 と和樹が言うと美都子は黙って目をつむり、あごを軽く突き出すようにしました。それは「キスして」のサインでした。それは鈍感な和樹にもわかりました。
 「駄目だよ、美都子ちゃんのこと好きだけど、そんなことできない、美都子ちゃん同じ過ちをくり返そうとしてる。僕達はまだ小学生なんだから」
 「村山君の馬鹿!」
と美都子は叫ぶと走って、その場を去りました。和樹は後を追いかけることができませんでした。もしかして美都子を傷つけたんだろうか、と思いました。


 家に帰ると妹の直美が小声で
 「乃里子お姉ちゃん、あたしの部屋でずっと泣いてるよ。」
と言いました。和樹は美都子と自分のことで泣いているらしい、とは気付きましたが、なぜ、自分のために泣くのか、複雑な思いでした。夕飯の時間になっても乃里子はでてきませんでした。夜の八時に電話が鳴りました。和樹の母が直美の部屋の乃里子の所へ行って
 「乃里子ちゃん、美都子ちゃんからお電話よ。でられる?」
と尋ねました。乃里子は
 「はい、でます」
と答えて直美の部屋でしばらく美都子と電話で話していました。話し終わって乃里子は和樹の所へ来ました。乃里子はにこにこと微笑んでいました。
 「和樹、美都子がありがとうって言っといてって。和樹が和樹らしくしてくれたから、美都子ももとの美都子らしく戻れる自信がついたって。」
 和樹は真っ赤になって一言だけ言いました。
 「よかった。」
 「俺も、これで美都子のこと安心した。もう明日、星鹿に帰るね。」 「うん、わかった。」


 次の日、朝食が済むと乃里子と和樹は天神の駅に行きました。もう乃里子は星鹿に帰るのです。和樹はそれの見送りでした。電車に乗り込むときに乃里子は封筒を和樹に手渡しました。
 「列車が発車したら読んでもいいよ。」
と顔を真っ赤にして言う乃里子なのでした。
 「うん、わかった。じゃ元気でね。」
 ジリリリリ・・・・。ベルが鳴り二人は窓越しにずっと手を振って別れを惜しみました。


 こうして乃里子は台風のようにやって来てあっと言う間に帰っていったのでした。この時の美都子と乃里子のことはウブな和樹には忘れられない心ときめく想い出となりました。


 乃里子の手紙にはこう書いていました。
 「16才の誕生日から有効なチケットです。16才になって私のこと好きだったらキスしてあげる券。大事にとっておいてね。他の人とキスしたら無効。無効にしたらビンタ百発」
 和樹はふうーと溜息をつき、この「チケット」を机の引き出しの一番奥にしまったのでした。


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