ときめき芽生える頃(五)


 二人はバスを乗り換えるために少し歩きました。六本松はバス停の場所が二カ所あり、もう一方のバス停の方へ向かっているのでした。バス停の前は九州大学の教養学部でした。乃里子が
 「ははは、成績悪い俺達には一生縁のないところだね。俺なんてどこの大学も行けないかもね。九大の木でセミが鳴いてるね。九大のセミはなんか、俺を馬鹿にしてるような鳴き方してる気がする。」
と言いました。和樹は
 「大学がすべてじゃないからね。あー、将来受験勉強とかするのかな、今から嫌になるよ。ははは。」
と笑いました。乃里子もつられて笑いました。
 「なあ、都会じゃ、塾通ってる奴多いんだよね。田舎では考えられないことだよなあ。」
 と乃里子が言い、和樹は
 「そうだね、塾通ってる奴ってかなり多いよ。相当ストレス溜まってる奴が多いよ。」
と答えました。そんなことを話しているとバスがやって来ました。


 二人はバスに乗り込みました。乃里子は話題を探して
 「和樹ね、ファイナルファンタジー7持ってるけど、クリアーしたの?」
と言い、和樹は苦笑いをしながら少し横を向いて
 「まだ途中」
と呟くように言いました。乃里子は驚いたように
 「えー、終わってないの?あれって一週間でクリアーできるよ。」
と言いました。和樹は向き直って
 「だってね、攻略本見てると、あれも、これも、完璧にやりたくなるし、途中でアイテム取り忘れているのに気付いて古いデータに戻ったりするからね。」
と言い分けしました。乃里子は感心したように
 「ふーん、完璧主義なんだあ。で、凝りすぎていつも途中で投げ出しちゃうんじゃない?飽きちゃってさあ。」
と言いました。和樹は真剣な顔で
 「だから、まだ途中だから諦めてないってば。今はちょっと他のゲームにはまってるだけだよ。」
と答えました。乃里子は呆れたように
 「何年も前のゲームなんだから、さっさとクリアーしようね。」
と忠告しました。和樹は渋々頷きました。和樹はいつもそうなのです。何かはじめるときに最初から凝りすぎて完璧な計画を立て、すぐに疲れてうんざりしてやる気をなくすのでした。夏休みの宿題をやる計画も毎年、最初の一週間で終わらせる計画を立てすぐに挫折するのです。


 西新に着きました。バスを降りたところで、声をかけてきた人がいました。和樹のクラスの男子でした。派手な緑のポロシャツに半ズボンのひょうきんそうな笑顔を見せていました。
 「村山、その人、誰。」
 「あ、あ、この人?長崎県から来た阿部さん」
 「もしかして彼女?」
 「もう、みんなして彼女とか、恋人とか、そればっかし!」
 「彼女じゃないの?」
 「友達!」
 「あ、俺、秋野、秋野ぽいすけ、略して『あきっぽい』」
 乃里子はちょっとひきつって言いました。
 「ユ、ユニークな人ね。」
 和樹が訂正しました。
 「本当は秋野大輔って言うんだよ。うけようとして、いつもポイスケって言ってる」
 「どこに行くの?」
 「なんで、お前、西新にいるんだよ」
 「おおっ、俺にいられちゃ困るぅ?」
 「別に困らないけど」
 「じゃ、俺も一緒に連れてってよ」
 「あ、お前、乃里子に目を付けたな」
 「へへへ、独り占めはずるいぜ、兄弟」
 「どこのセリフなんだよ、それ」
 乃里子は聞いてられなくなって口を挟みました。
 「あたしは別に構わないよ、一緒に行こう」
 「へへへ、毎度あり。でも『乃里子に目を付けたな』だって。へへへ、なんか、俺の女って感じだよね」
 「違うってば。同じ想い出を持ってる大事な仲間なんだよ」
 「ふーん、なんか説得力あるね。つまらない」
 「僕達、福岡タワーの前でもう一人の友達と待ち合わせしてるんだよ。」
 「へえー、もしかして、その人も女子でござりまするか?」
 「女子だよ。ってお前、それ、どこのセリフなんだよ。変な喋り方して、もう、乃里子ちゃん気にしないで、ポイスケはいつもこうなんだよ。八隈吉本って言われてるんだ。」
 「将来は本物の吉本に入るんでござりまする。今時、女子に『ちゃん』つけて呼ぶ奴は珍しいでごわす」
 「えっ、それは・・・・・。」
 和樹は救いを求めるように乃里子を見ました。乃里子は
 「うん、『ちゃん』はつけなくていいよ。」
と言い、和樹は仕方なく頷きました。
 「うん、わかった。」 
「村山が今、少し成長したぴょん」
 「わかった、わかった。とにかく福岡タワーまで歩こう。」
 西新のバス停から福岡タワーまでは軽く二、三キロはあるようでした。三人は喋りながら歩きました。
 「村山は阿部さんのこと好きでござるか?」
 「もう!何聞いてんだよ。ポイスケには関係ないだろ」
 「それ、俺も聞きたいな」
と言ったのは乃里子でした。和樹は答えました。
 「だから大事な友達だってば」
 「俺って言う女の子珍しいでござる。でも服装と髪型と言葉遣いを男っぽくしても、女の子らしい顔は隠せないでござる」
 「えっ」
 和樹と乃里子は顔を見合わせました。二人とも今まで気付いてなかったのです。去年会ったときには乃里子もまだ完全に子供で男の子でも通りましたが、今は結構女の子らしくなってきているのでした。乃里子は和樹に聞きました。
 「そ、そうなの」
 「・・・・うん、顔が女の子の顔してる」
 秋野大輔が興奮して言いました。
 「二人とも真っ赤になってるぴょん。今初めて気付いたぴょん」
 「やだ、俺は女扱いされたくない。美都子みたいになりたくないもん」
 「美都子って人、男にひどい目にあったなりね。」
 「えっ、それは、それは・・・。」
 「ポイスケ、男が首つっこんでいいことと悪いことがあるだろ」
 「ごめんでござる」
 「謝るときぐらい、真面目に謝れよ」
 「ごめんなさい。言い過ぎました」
 「うん、それでいいんだよ」
 三人はすっかり黙り込んでしまって、あとの一キロぐらいを歩く間は静かなものでした。和樹は美都子が男の子にひどい目にあったらしいと初めて気付いたのでした。


美都子はもうすでに来て待っていました。チェックのワンピースを着て長い髪にリボンを結び、乃里子とは対照的に女の子らしくしてました。
 「美都子!」
 「乃里子!村山君!」
 美都子は二人の名を呼ぶと顔を両手で覆うようにしてしくしくと泣き出してしまいました。
 「美都子つらかったね。和樹には何も言ってないからね。」
と乃里子が言うと美都子は余計に泣き出しました。
 「深刻な雰囲気だぴょん。僕はいてもいいのかなぴょん」
とポイスケが言うと、美都子ははっと驚いて泣きやみました。
 「誰、この人」
 「ごめんね、僕のクラスメイト。西新からついてきちゃった。」
 「そう」
「秋野ポイスケでーす。略してアキッポイ。」
 「ポイスケー、まだついてくる気?」
 「村山君、あたしは別に構わないわよ。よろしくね、秋野君」
 「どーもでござる。村山の友達はみんな美人でビックリでござる。学校では遅れてるって言われてるのが嘘みたいだぴょん」
 和樹は美都子と乃里子の顔を見ました。乃里子が
 「和樹は真面目だからね」
と言い、美都子は
 「みんな村山君みたいだったら良かったのに」
と言いました。ポイスケが
 「村山、もてもてでござる。学校でも好きって言ってる女子はいるでござる。一人だけズルイでござる。ところで、これから何処へ行くでごわすか?」
 「とりあえず、乃里子ちゃん・・・乃里子を福岡タワーに案内して・・・」
と和樹が乃里子をちゃん付けしてるのを気にしていると
 「そんなの後でいいぴょん。この近くのテレビ局で一時半から公開録画があるぴょん。見に行きたいぴょん。」
とポイスケが言うと乃里子が
 「あ、それ、すごい。俺、行ってみたい。テレビ局なんて行ったことない。」
と言って、美都子が
 「うん、あたしも行ったことない。ね、行こう、村山君。」
と賛成しました。

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