乃里子は自分のTシャツをつまんで
「やっぱり女らしい服を着た方がいいのかな?和樹はどう思う?」
と言いましたが、和樹はよく考えもせずに答えました。
「外で遊ぶときはいつもの服で、今日みたいなお出かけの時はおしゃれにするように、切り替えたらいいんじゃない?」
乃里子は首を傾げながら
「和樹は俺の女らしい格好みたい?」
と言ったので
「何言ってるんだよ。僕は・・・・・。」
と和樹は恥ずかしくなってぐっと言葉を飲み込みました。和樹の顔は真っ赤になっていました。乃里子はなんだか慌ててしまい
「やだ、和樹、なに赤くなってるんだよ。」
と呟きました。乃里子も顔が赤くなってました。和樹は
「乃里子ちゃんだって赤くなってるよ。」
と言い、心の中で
(乃里子ちゃんの女の子らしい姿を想像しちゃったら恥ずかしくなっちゃった。かなり可愛くなるよね。でも、なんか乃里子ちゃんが、そんなこと聞くなんて珍しいなあ、焦るよ。)
と思いました。
乃里子は心の中で
(なんで和樹ったら、俺の女らしい格好の話で赤くなるんだよ。そんなの似合わないに決まってるのに、和樹は俺のこと女と思ってみてるのかな。まさかね。まだ俺は男っぽくしていたいんだ。いつか女みたいにしないと、まわりも許してくれなくなるってお母さんも言ってたけど)
と思い、言いました。
「やっぱし俺達には女らしいのは、まだ早いんだよ。美都子だって本当はまだ子供なんだし。」
乃里子は言ってから、はっとしました。美都子のことは口が滑ったのです。和樹は
「えっ、美都子ちゃんが本当は子供ってどういうこと?美都子ちゃん、星鹿で何かあったの?」
と動揺しつつ尋ねました。和樹は
(僕はなぜ美都子のことでこんなに動揺するんだろう。)
と不思議に思っていました。
乃里子は慌てて赤い顔で
「やだ、エッチなこと聞かないでよ。」
と独り言のように言いました。和樹は仰天して
「エッチなこと?」
と叫ぶように言いました。乃里子は
「あ、ごめんごめん、和樹にはね、まだ早い話なんだよ。」
と言いながら心の中では
(なんで美都子のことでそこまでムキになるんだよ。和樹は美都子のこと好きなのかな。俺はどうなるんだよ)
と思っていました。
「美都子ちゃん、星鹿でエッチなことがあって、それで転校したの?何それ」
と和樹がさらに質問すると、乃里子は嫌そうに
「もう、首つっこまないでよ。もとはと言えば和樹が、もう星鹿に来られなくなったから悪いんだよ。」
と言ったので、和樹はまたも仰天して声を裏返らせながら
「僕も関係あるの?僕が悪かったの?どうして?」
と言いました。乃里子もなんだかムキになってきて
「いや、一番悪いのは松木なんだよ。」
とまたもや失言をしました。
「松木って誰?」
と和樹が聞いたとき、すぐ側で四つ葉の先生の声がしました。
「そう、そっちの男の子は本当に何も知らないのね」
乃里子が驚いて
「先生、聞いてたんですか?」
と言い、先生は
「ごめんなさい、あなた達に飯田さんの連絡先教えていいか迷ったのでね。」
と言い、和樹は言いました。
「それで、教えていただけるんですか?」
先生はさっきの冷たい態度とはうって変わって優しい笑顔で
「そうね、あなた達は大丈夫みたいね。あなた達二人以外の児童に教えないって約束できる?」
二人は声を揃えて言いました。
「はい、約束します。」
そう言ってから和樹と乃里子はお互いを見て頷き合いました。
「あなた達は本当に真面目な子供なのね。飯田さんにはいい友達でしょう。あなた、村山君っていったわね。子供同士のつきあいは子供らしくしないと駄目よ。大人の真似をしようなんて思わないのよ。」
と先生が言うと、乃里子は敏感に先生の言おうとしていることを感じ取って
「先生、村山君は松木とは違います。信じてあげて下さい。」
と言い、和樹は先生に向かって頷きながら
「はい。」
と返事をしましたが、何のことかよくわかってませんでした。
「飯田さんは内気でお友達ができなくて困ってるのよ。」
との先生の言葉に二人は
「ええっ!?」
と声を揃えて驚いてしまいました。乃里子が呟くように言いました。
「美都子が友達できないなんて、あんなに明るくて活発だったのに・・・・・。」
すると先生は悲しそうに
「そうね、前は活発だったのよね。今の飯田さんには時間が必要なのよ。心の傷を癒す時間がね。」
と言いました。和樹はパニックになりそうな調子で
「心の傷?一体何があったんですか?」
と質問しました。先生はしみじみと語るように
「あなた、去年の夏休みにずっと星鹿に行ってたのね。」
と聞き返し、和樹は
「はい」
と頷きました。
先生は少し難しい顔になって
「ああ、そうなのね。わかったわ。飯田さんはね、転校の理由、あなたには聞かれたくないはずよ。会ってもあなたからは聞かないであげてね。」
と頼むように言いました。
和樹はまったくなんのことか話がわかりませんでしたが仕方なく
頷きました。
「・・・・・はい」
とりあえず二人は先生から美都子の電話番号を聞きました。二人は黙ったまま和樹の家へと向かいました。二人の間には何か重苦しい雰囲気が漂っていました。美都子の転校の理由を知りたいけど聞けない和樹と、聞かれたらどうしようと困り果てていた乃里子なのでした。
和樹は思いました。
(乃里子も美都子の転校の理由を聞かれたくないってことはなんとなくわかる。自分からは聞かないでおこう、乃里子か美都子の方から言ってくれるまでは意地でも聞かないでおこう)
乃里子も歩きながら思いました。
(聞かれたくないことは、聞かずに黙っていてくれる、和樹のそう言う優しいところって好きだな)
重苦しい沈黙の中で、しかし、心は通い合っていた二人なのでした。
「あ、村山、村山が彼女連れてる!」
と言ったのは和樹のクラスメートの女の子でした。和樹と乃里子が驚いて立ち止まると、四人組の女の子達は和樹と乃里子を取り囲むようにして、はやしたてました。
背の高い一重瞼の河合奈生と言う子がセミロングの髪をかき上げながら言いました。
「村山あ、彼女なんて作るなんて、やるじゃん」
また別の少し太っているショートカットにリボンをつけた相沢涼子が笑いながら
「もう、やっちゃったの?」
と言いました。背の低い黒縁の眼鏡をかけて髪型をポニーテールにしている石神孝美も笑いながら
「村山は奥手かと思ってたよ」
と言いました。 背は低いけれど明るい性格と巧みなジョークでクラスの男子に人気のある市原康子は
「こんな可愛い女作っちゃって、もう、やったんだろ?」
と言いました。実は四人とも少し怒っていたのです。自分のクラスの男の子を他校の女に取られた、と感じていたのです。それは本人達も気付かない、ちょっとしたやきもちなのでした。
和樹はものすごく驚きました。自分がこういう風にからかわれたのは生まれて初めてだったのです。仲のいい男女がからかわれているのを見たり聞いたりしたことはありましたが、自分がからかわれてみて初めてそれがどんなに嫌なものかわかったのです。和樹は黙って乃里子の手を引っぱって走りました。
「熱いねー」
と後ろで言っている声は無視して家へと走りました。幸い誰も追いかけて来ようとはしませんでした。和樹が振り返り乃里子を見ると真っ赤な顔をしていました。
「和樹、手、握ってたら恥ずかしいよ」
と乃里子は小さな声で言いました。和樹は驚いて手を振り払うように放しました。和樹もついつい声が小さくなり
「僕、そんな変なつもりじゃ・・・。」
と言いました。乃里子は少し怒った顔をして
「わかってるよ。和樹はそんな奴じゃないよ。あの人達、和樹のこと好きなのかもね。好きだから、あんなこと言ったのかもね。」
と優しく言いました。和樹は拍子抜けしたように
「えっ、好きなのに、あんな嫌がることするの?嫌われるだけじゃない、あんなこと言ったら。自然じゃないよ、不自然だよ、絶対。」
と少しムキになって言いました。
「好きだからやきもち妬いたのかもよ。俺と和樹が仲良さそうに見えたんだね、きっと。男子だって好きな女の子いじめるじゃない。それと同じで好きな男子にやきもち妬いて、それで意地悪言ったんだと思うよ。」
と乃里子は和樹をなだめるように言いました。
「でも、なんだか許せない。」
と、それでも和樹はまだ怒っていました。乃里子は
「許してあげて、あんなことされたら、どんなに嫌か、あの人達にはわかってないんだよ。和樹が嫌えばあの人たちのやきもちはエスカレートするよ、きっと。そしたら好きな気持ちがいつの間にか嫌いな気持ちに変わってしまって、好きだったからなおいっそう憎くなって和樹とあの人達の関係は泥沼にはまってしまうよ。」
と和樹を説得しようとしました。和樹は乃里子の言うことに感心して言いました。
「何か、乃里子ちゃんて大人だね。」
乃里子は急に吹き出して
「はは、和樹が子供なんだよ。というより男子はほとんどみんな子供だよ。」
と言い、和樹はよくわからずに
「そうかなあ」
と呟いただけでした。乃里子は
「さ、早く和樹んち行って電話しよ。」
と提案しました。